| 知のフィールドワーク 27(スキージャーナル1998.1月号) |
| オリンピックへの道とは・・・ |
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| 長野オリンピックまであとわずか。ナショナルチームはワールドカップ転戦をとおして最後の調整に入っている。しかし、ナショナルチーム以外にも長野オリンピックをめざしているレーサーたちがいる。 開催地、長野県スキー連盟では、オリンピックでの長野県選手の入賞を最大目標とし、県連選手のナショナルチーム入りから、オリンピック大会での前走出場までを目標とし、オリンピックをめざしている。その強化の柱として、長野県トップチームの技術コーチとしてペーター・プロディンガーを招聘し、コンディション・コーチとして、ナショナルチームと同じハインリッヒ・ベルクミューラーと契約している。 あれは、たしか6年前の4月だった。毎年開催されている長野県スキー連盟の強化合宿が、その年も野沢温泉で開かれ、最終日に参加コーチの慰労という名目で、いわゆる”打ち上げ”があった。数年前からこの合宿にメインコーチとして招聘されていたペーター・プロディンガーを囲み、県内の各地から集まったコーチたちが、スキージャーナルのオレゴン・キャンプでも活躍してくれた野沢温泉スキークラブの今は亡きMくんの店の2階で飲んで食べていた。もちろん「音頭取り」は、現野沢温泉スキークラブ理事長のKさん。私がペーターの通訳を担当し「会」は和やかに進行していった。 1時間ほどしてKさんが「オレちょっと”消防”に顔出してくるけど、すぐ戻ってきますから……」と言って中座した。野沢温泉はスキークラブの団結もすごいが、この”消防”というやつもすごい。もちろん村には、消防署という「プロ」の組織はなく、アマチュアの極めつけのようないわゆる”消防団”が村を火災から守っているのだ。ところがこ”音頭取り”が”消防”の会合で、いないスキに、かなりアルコールも入ってきた若手コーチふたりが、われわれの目の前でケンカを始めた。ペーターと私は「若いコーチは血の気があってイイネ」なんて言いながら、何が原因かよくわからないこのケンカを眺めていた。すると、ちょっぴり強そうなほうが、ちょっぴり弱そうなほうに、いきなり殴りかかりそうになり、弱そうなほうが、あわてて階段を降りて逃げ、強そうなほうが「マテー!」と言って追いかけていった。しかし、降りて行ってまもなく”ドタドタ”という音がして、強そうなほうが、蒼い顔をして、階段を駆け上がってきた。彼の後から、”消防”の会合から帰ってきたらしいKさんが、「バカヤロー、オレの村でみっともないケンカするやつは今すぐ出てイケー!!」と叫んで追っかけてきたかと思ったら、われわれの前で若手コーチを捕まえると、馬乗りになり、スリッパと素手でボコボコッと何発かブン殴った。この突然の”乱闘劇”にペーターと私はビールグラスを持ったまま、目を見開き、身体は固まってしまった。ペーターは「ニッキー(私の外国人からの愛称)、こんなすごいのは、昔のユーゴスラヴィアの飲み屋以来見たことないゼ」とつぶやき、私は「ボクも若いやつ同士のケンカは見たことあるけど、自分より年上の人が、あんな若いやつをボカボカ殴っているのは、生まれて初めて見たヨ」と言った。そして数分後には、さんざん殴られたコーチは尻尾を巻いて逃げ帰り、他のコーチたちも酔いが醒めたように数人ずつ「失礼します」と言って帰っていった。最後に残ったのは、ペーターとKさんと私である。Kさんは「ちょっとみっともないものを見せちゃったから、場所を変えて飲み直しましょう!」と言って立ち上がった。ペーターと私は、何も言えず、先ほどの気迫が全身に漂うKさんの言葉に素直に従った。そして、Kさんが、朝まで飲むときは、いつも行くHという店で飲み直しとなった。もちろん、その晩もうっすら明るくなるまで3人で飲み続けた。ペーターは、そこで長野県スキー連盟のオリンピックをめざした強化対策について、酒量と比例するように熱く語り続けた。全身にアルコールを感じてきた私は要点を3分の1程度通訳するだけ。Kさんは、言葉の壁をすっかり乗り越え、残りの3分の2を、飲めば飲むほど、大きくなる声、大きくなる身振りの、舌がもつれるペーターの難解なドイツ語を、すべてフィーリングのみで完璧に理解していた。そしてこの夜、いや早朝をきっかけとして、ペーター・プロディンガーは長野県スキー連盟と長野オリンピックに向けての強化コーチとして、正式に契約をすることになったのだ。 私はもちろんオリンピックでのナショナルチームの活躍を期待したいが、この”ブラザー・ペーター”と”ブラザー・ハチ(先月号河野博明氏コラム参照)”がきっかけをつくって築いてくれた「成果」がオリンピックという大舞台で、もうすぐ見せてもらえることを楽しみにしている。 |
| 田和夫 1953年生まれ。現在の日本のスキー界でもっともドイツ語に堪能で、その活動は単に「通訳」という範疇を超えている。言葉だけでなく、心も拾い上げる貴重にして希有なタレントの持主 |