知のフィールドワーク 39 (スキージャーナル2001.8月号)
エスニックスキーinジャパン
 2001年4月1日〜4日、第34回全日本公認スキー学校全国大会(アニバーサリー)が長野県野沢温泉スキー場で開催された。昨年までは、この会期中にヨーロッパや北米の"スキー先進国"から講師やデモンストレーターを招聘し、特別スキー指導者講習会として、各国の指導技術や理論をワークショップや講演という形で紹介してきた。しかし今年から、これとは逆に"スキー後進国"であるアジアのスキー指導者に対して日本のスキー指導を紹介し、アジアのスキーの発展につなげていこうという主旨から、FIS(国際スキー連盟)に加盟しているアジア諸国を招待することになった。その結果、韓国・台湾・インド・モンゴル・ウズベキスタン・イランの6カ国から代表者が来日した。もちろん、アニバーサリーを視察してもらい、何人かにはカービングレースの前走もしてもらった。日本のスキー場やスキースクールの現状を見て、各国の今後の参考にしてもらうことができたと思う。全日本スキー連盟の国際渉外委員長という立場で彼らをアテンドさせてもらうことで、個人的には、今まで知らなかった国々のスキー事情をほんの少し知ることができた。

○韓国スキー指導者協会 キム・ドン・ファン
彼とは前回のノルウェー・インタースキーや国際技術選でも会っているのでかなりいろいろなことを話せた。
 「韓国では競技より基礎スキーのほうが人気があるよ。デモの人気もすごくてビデオまで出てるんだ。技術選やデモ選もあるけど、日本と比べると技術や指導力はまだまだ。日本のデモもカズキとかガマンとか結構有名だよ。みんな早く日本に追いつきたいって思ってる」

○台湾スキー連盟事務局長 チャールズ・リー
名前は横文字っぽいが会ってみると東アジア人の典型。キムくんとリーくんと居酒屋に入ると、店の人が何の疑いもなく日本語で注文を取りにくるので参った。
 「台湾ではスキーと言えば、メインはグラススキーなんだ。だから選手は両方やるのがほとんど。でもスキードームの計画もあるし、外国旅行がブームだから、将来はきっとスキーの大ブームがくると思うよ」

○モンゴルスキー連盟会長 ドリゴトフ・チャグナー
どう考えても今回来日した中の最年長だろう。オーストリア・サンアントンでのアルペン世界選手権にも招待されたそうで、その時に転んで靭帯損傷したとのこと。4月1日、日影ゲレンデで第一リフトを見上げて懐かしそうに言った。
 「おれは昔モンゴルで最初のリフトを自分で架けたんだ。今でもモンゴルには、この1基しかリフトがないんだ」
 足が痛いんで今回スキーはしないと言っていたのに、2日目の快晴にたまらなくなったのか、「せっかく日本にきたんだから、ちょっとだけスキーがしたい」と突然言い出した。心配でしばらく見ていると、スキーに乗ると、今まで引きずっていた足がどっちだかわからないほどいきいきと滑っていった。とにかく大陸的で大草原のにおいがしそうなおじさんだった。

○インド冬季スポーツ連盟役員 アブヒナフ・チョプラ
今回一番ユニークだったのはまちがいなくこの人だっただろう。インドにはスキー連盟がない。軍隊を中心とした冬季スポーツとしての組織が存在するだけである。当然のように彼も軍人。
 「スキーをするのは訓練の一貫、スポーツとしても、レジャーとしても、スキーは考えられないね。スキーをするには人力で雪を踏み固めてやるんだ。もちろんリフトはないよ。でもスキー場になるところはたくさんある。象に乗って雪のあるとこまで行って、自分でコースをつくって滑るっていう究極のスキーツアーを企画しようか」

○ウズベキスタンスキー連盟アルペンコーチ アレキサンドル・クズミン
金髪の元レーサー。
 「おれの国ではまだ競技以外でスキーをすることなんて考えられない。競技でもアルペンはイランまで行かないと、いいトレーニングはできないし」
 でも彼のような熱心な指導者がいれば、いい選手が育つかもしれない。今回は、モンゴルの会長のために「英語―ロシア語」の通訳も時々やってくれたし、見た目はヨーロピアンっぽいがアジアの"心"を持った人だった。

○イランスキー連盟事務局長 アサドラー・シャムシャキー
いつもニコニコしていて、初めての来日だったが日本食がすっかり気にいってしまった通称"アサ"。
 「イランにはテヘランの近くだけでも7カ所のスキー場があるんだよ。降雪機もあるし。結構進んでるだろ。スキーヤーは日本みたいにたくさんいないけど、革命後は金持ちだけのレジャーじゃなくなって少しずつスキー人口は増えてるよ。それから革命前はフランス流だったけど、革命後はオーストリアの影響が大きいね!」

 何か日本のスキーの歴史に似ているが "革命"という言葉を当たり前のように使うのはスゴイ!  今回、今までほとんど情報すらなかったアジアのスキーにほんのちょっぴり触れることができた。現状では日本があらゆる面でアジアの先頭にいることは間違いないだろう。でも、アジアから熱心なスキー指導者がどんどん出てくれば、将来、アジアの競技力が向上するだけでなく、潜在するスキーマーケットは膨大なものになる可能性もある。世界のトップアスリートに接しつつ、スキーの"すばらしさ""楽しさ"を、日本だけでなくアジアの各国に発信することに努めたい。

田和夫
1953年生まれ。現在の日本のスキー界でもっともドイツ語に堪能で、その活動は単に「通訳」という範疇を超えている。言葉だけでなく、心も拾い上げる貴重にして希有なタレントの持主