知のフィールドワーク 22 (スキージャーナル1997.2月号)
スキーボキャブラ天国
昨年11月末、フランツ・ハインツアー(91年ザ−ルバッハ世界選手権ダウンヒル・チャンピョン)から「12月にアメリカで開催される元ワールドカップ・ダウンヒラ−による大会に着用するスキーウエアを契約している日本のスキーウエア・メーカーから送ってもらってほしい」との連絡を受け、早速手配の電話をした。「とりあえず、”ダウンヒル・ワンピ”だけを至急送ってほしいそうです。ピステやサロペットは間に合えばということなんですけど…」と言うと、相手の宣伝部の人に「田さん、ずいぶん古い言い方をするんですね。それって”アウター”のことでしょ!」と言われてしまった。そう言えば、まだ子供の頃は「アノラックにスキーズボン」だった。それがこの”業界”に入ってフランツ・ラウタ−の通訳をしていたころには”ピステジャケットとサロペット”だった。そして全日本スキー連盟の選手やコーチが”ジャパン”のユニフォームを毎年、オフィシャルサプライヤーに加盟しているスキーウエア・メーカーの持ち回りでつくるようになったころから、いわゆるコンペティション・ウエアの上に着るウエアを”アウター”と称するようになったような気がする。

可倒式ポールも、キップシュタンゲ(独)とかブレイクアウェイポール(英)と呼ばれていたのが、使用が当たり前になってしまうと、特別な呼び方をあまりしなくなった。今では可倒式のことを”ノーマル”と呼び、大会などで使う抜けないようにつくられたものを”ネジ込み式”と呼ぶようになっている。

スキー板でも今話題の”カービングスキー”は元来「切れるターンが容易にできるスキー」ということで、”CARVE:削る”という意味だったのが、ドイツやオーストリアでは、英語という彼らにとっても外国語の”CURVE:曲げる”という言葉のほうが馴染みが深いため、「レベルの低いスキーヤーでも容易にターンができる」という意味でCARVEを使うのか、CURVEを使うのかが論議されるようになってきている。

ところで、「ターン」という言葉を英和辞典で引くと、
「1、回転する  2、方向を変える  3、折り返す」等の意味がでているが、スキー教程では「回転と同義語で使われるが、身体の重心の軌道がスキーの軌道と交差し、位置関係が変わる部分を含む回転をターンとする」と定義されている。これも元来は、シュヴング(独)、クリスティー(英)という言い方としていたものが、今や日本のスキー技術用語が世界を制した結果、オーストリアのデモも「ターン」という言い方をしている。

しかし、スキーを全く知らない人が「ターン」という言葉を聞くと、水泳やマラソンのターン、つまり前記の3つのイメージが強いのではないだろうか。また「回転」という言葉も、その場でくるくるまわっているようなイメージが強く、そして「大まわり」「小まわり」という言葉も同様に、スキーを知らない人にとっては、その言葉のイメージから、いわゆる弧を描くことを連想することはむずかしい。

どの分野にも専門用語やその時代にあった言葉というものがある。われわれスキー関係者は、そのことを充分に理解して、相手の知識にあわせてうまく言葉を使い分けていかなければ、スキーというスポーツをさらに普及させることはできないのである。

現在、今シーズン長野で開催されるスキー・ワールドカップの各大会への渉外・通訳の確保を依頼されているが、
1.該当外国語ができる 2.スキーの専門の知識がある 3.気配り、機転がきく(これが国際会議などの通訳との違い)”現場”での一刻を争う仕事ではかなりの重要な要素となる)という三拍子そろった人を見つけるのは容易ではない。それに加えて「途中の壁でセットがかなり振ってあったけど、高い位置からポールをダイレクトに狙っていったので、タイミングが遅れずに、スキーが落とされることもなかった。ゴール前の緩斜面でもスキーをまっすぐにフォールラインに絡ませて、直線的に下に向けて走らせることができたので……」といったレース後の”勝利者インタビュー”をどれだけ訳す本人が理解していて、なおかつ、それをどれだけ多くの人にわかりやすく伝えることができるかという能力を持った人を探し出すことは、とてもむずかしいのである。

田和夫
1953年生まれ。現在の日本のスキー界でもっともドイツ語に堪能で、その活動は単に「通訳」という範疇を超えている。言葉だけでなく、心も拾い上げる貴重にして希有なタレントの持主