知のフィールドワーク 6 (スキージャーナル1993.6月号)
カチューシャ・デメッツを知ってますか?
「ウチニTELシタインダケド、TELEPHONE CARDココデウッテマスカ?」
世界選手権盛岡・雫石大会で選手たちが泊まっているプリンスホテルのインフォメーションデスクにいた私にイタリア語なまりのあるドイツ語で(おそらく私のネームプレートの「INTERPRETER DEUTSCH」という文字を見たのだろう)こんな質問をした女子選手がいた。それは夕方各チームが、コンディッショントレーニングに使う体育館を確保しようとして血なまこになって、われわれのところにやってくるとても忙しい時間だった。当然「ココはネー、そういうモノを売っているところじゃないんだよ!テレフォンカードならその先のホテルのフロントで売っているよ!」という対応も可能だったのだが、スキーレーサーとは思えないスリムな体型にショートカット、大きな瞳をキラキラさせて「イタリアンガール」独特の「オネガイ・スマイル」をされては、ついつい「テレフォンカードならその先のホテルのフロントで売っているけれど、一緒についていってあげるよ!」と言ってしまった・・・。それ以来、彼女をよく見かけるのだが、夕食のとき、寿司や冷麺にハシで必死に挑戦していたり、どしゃ降りの雨の週末も盛岡母の会のボランティアの人がデモンストレーションで作ってくれた日本人形を「自分も作ってみたい」と言って、真剣に目を輝かせて作り方の説明を聞いていたり・・・。
おそらくワールドカップもデビューしたばかりならもちろん、世界選手権なんていうビックゲームは初めて、しかも異国の、日本での大会、彼女にとってすべてが新鮮な体験、「勝たなくてはいけない」というプレッシャーもないし、もう何もかもが楽しくて楽しくてしょうがないのだろう。悪天候によるスケジュール変更が続き、コーチやレーサーのストレスがたまってくると、それがインフォメーションデスクにいるわれわれも、「伝染」し、イライラしてくる。そんなとき純粋に大会を「楽しんでいる」彼女に出会うと、いつもホッとさせられた。

カチューシャ・デメッツ。イタリアナショナルチームの新鋭選手。世界選手権ではGSで28番スタートから見事8位。かなりのワールドカップおたくでも彼女のことは知らないと思うが、私にとってはアニタ・ヴァハターよりもキャロル・メルレよりもアスリッド・レーデメルよりも個人的に世界選手権で一番印象に残ったレーサーなのだ。ティーンエイジャーのカチューシャに対しては、もちろん異性というより「困ったことがあったら、相談しなさい」といった感じの(ちなみに私も一応二娘の父なので)父親的感情があったのかもしれない。


田和夫
1953年生まれ。現在の日本のスキー界でもっともドイツ語に堪能で、その活動は単に「通訳」という範疇を超えている。言葉だけでなく、心も拾い上げる貴重にして希有なタレントの持主