Niki's the real story
新・知のフィールドワーク
(月間スキージャーナル掲載)
第3回 「スキーパッション イン ハンガリー」
月間スキージャーナル7月25日発売号掲載
ブダペストのホテルのロビーで待っていると約束の時間ぴったりにボックスタイプの黒いベンツが1つしかないホテル前の駐車スペースにはいってきた。濃いめの大きなサングラスをかけた40代のスレンダーな女性が降りてきてこちらをみてにっこり微笑んだ。カタリン・エギー。新たに選出されたばかりのハンガリースキー指導者連盟の会長だ。1泊分のカバンと会議資料を持ってすばやく車に乗り込む。まずはブダペスト市内をゆったりと静かに走っていく。「オーストリアにいたんで英語より本当はドイツ語のほうが得意なんだ。」と英語でいうと「そうなの!私も実は大学ではほとんどドイツ語での授業だったんで英語よりドイツ語のほうがいいんだ。でも、日本人はみんな英語なんだと思ってた。」と言われそのあとの会話はずっとドイツ語での会話になった。同じく1日前からブダペストに来ていたデンマークのフランク・ルント理事をピックアップしてブダペストのど真ん中を流れるドナウ川を渡った。

カタリンは「ウィーンから車で来るあとの役員とはスキー場へ行くアウトバーンのドライブインで合流するの。それまで時間があるから私の"ホームゲレンデ"を紹介するわ。」と言うと車をお城があるブダ側の小高い丘陵地帯へと登っていった。

スキー指導における国際組織が"インタースキー・インターナショナル"。その傘下に3つの組織がある。一つ目がISIA(国際職業スキー教師連盟)、文字通りスキースクールの先生たちの国際組織だ。二つ目がIVSS(国際学校体育スキー連盟)これは学校教育(現在では大学までを含む)におけるスキー指導に関する国際組織。そしてもうひとつがIVSI(国際スキー指導者連盟)。これは例えていうと東京都スキー連盟所属で指導員資格を持っている人が自分のスキークラブの会員と週末にスキーに行き指導してあげる。こういったいわゆるスキーを職業として教えているのではないスキー指導者の国際組織だ。

そのIVSIコングレス(総会)が2009年1月24日から31日までハンガリーのマトラというスキー場で開催される。その下見も兼ねて各国の理事が集まり理事会を現地で開催することになったのだ。

カタリンは車を丘陵地帯の駐車場にいれるとフランクと私を引き連れて森林公園のなかにどんどんはいっていった。日曜日ということもあってブダペスト市民が草の上で気持ちよさそうに日光浴をしていた。しばらく公園内を歩いて行くとカタリンが急に立ち止まり草むらの中に入っていくと「ここが私の一番好きだったコース!と言って下のほうを指差した。そこにはうっそうとした木々の間を10−15m程度の急斜面コースがすっと下の方まで続いていた。「子供の頃はほとんど毎日学校が終わると暗くなるまでここで滑っていたの。もちろんリフトなんてなかったから下にスキークラブのバスが迎えに来てみんなが揃うと上の駐車場まで運んでくれの。でも私がいつも1番速くて30秒もかからないで滑ったからいつもバスでみんなが滑り終えるのを待ってたの。」といって懐かしそうににっこり笑った。笑顔の向こうにはドナウ川の対岸、ペスト側の旧市街がかすんで見えた。もしかするとこれが初めて会った外国のスキー関係者に対する彼女流の自己紹介だったのかもしれない。

そのあとほかの役員とドライブインで合流、車2台でマトラスキー場へと向かった。1時間半ほど走ると1500−1800mほどの山が見えてきてほんの少し坂道を上るといくつかの小さなスキー場が点在していた。「ブダペストの人は本格的なスキーにはヨーロッパアルプスに出かけるが週末スキーヤーはみんなここに来るんだよ。」と途中から車に乗り込んできた70歳過ぎと思われるカタリンの前任者ヤノッシ・ケレセ名誉会長が一生懸命に私に説明してくれた。たどたどしい英語とドイツ語を思いつくままにミックスして話すので日本人特有の謎の微笑みをみせてうなずいてわかったふりをしていたら話の半分以上、彼が何を言っているのかわからなくなっていた。

スキー場に着くとあと3人の若者が案内してくれた。3人ともドイツ語か英語を話しかなりスキーに詳しいのでデモコーチか地元のスキースクールの主任教師あたりかな、と思って後でもらった名刺をみるとなんとハンガリースキー指導者連盟副会長がそのうち2名もうひとりが専務理事だった。ヤノッシ名誉会長とは子供というより孫くらいの年齢差があり新会長のもと思いきった世代交代がなされたようだ。

スキー場はリフトが4−5基の中・緩斜面でウィークエンドか日帰り用だが「私たちはデモやワークショップ(講習)をやりに来るんで長期バカンスでスキーにくるわけじゃないから大丈夫だよ。」とIVSI役員全員でスキー場の規模を心配するカタリンを慰めた。スキー場視察のあとは総会の際も宿舎となるホテルで夕食。食事中からIVSI会長のノーベルト・バルトレはそわそわしていた。4年前のオーストリア・レッヒでのIVSI総会で選出されたIVSI会長はメルケル首相の側近といわれているドイツの国会議員だ。彼はちょうどこの日あったサッカーのユーロ決勝、ドイツ対スペインの放送開始時間を気にいたのだ。食後は早々にノーベルト会長につきあうことになったデンマークの理事フランクそして私もビールを持ってテレビ室へ移動。試合が終わるとノーベルトは3杯目のヴァイツェンビールを苦そうに飲み干しだまって部屋に戻っていった。フランクと私はドイツ人のノーベルト会長の前では言えなかったスペインの勝利分析を30分ほどしてからテレビ室を後にした。

自分の部屋に戻る途中でレストランをのぞくとまだカタリンはIVSI副会長のオーストリアのハンス・ペータークンツそして今回インタースキーインターナショナルの事務局長であり、ハンス・ペーターの前任者であるフリッツ・マーレスの3人でまだまだ分厚い資料を前に白熱した議論を交わしているようだった。

「本業は弁護士でブダペストで法律事務所をやっているという若い女性会長があれだけ熱心なら来年の総会はきっと成功するだろう。」そう確信すると時差ボケでフラフラな体を引きずり部屋に戻った。

2006年のインタースキー韓国大会では韓国チームのスキーに対する熱い気持ちを感じ、昨年訪れた中国では今後ものすごい発展が予想されるスキースポーツにおいて生まれたばかりの指導者達のすさまじい熱意に驚かされた。そして来年の1月にはどうやら"チーム・カタリンの情熱"に出会うことができそうだ。
 
田 和夫
1953年生まれ。現在の日本のスキー界でもっともドイツ語に堪能で、その活動は単に「通訳」という範疇を超えている。言葉だけでなく、心も拾い上げる貴重にして希有なタレントの持主