知のフィールドワーク 38 (スキージャーナル2001.6月号)
ふたりのチャンピョンたちの一瞬
 1月24日ジャンプ・ワールドカップ白馬大会。今年の白馬も、ヨーロッパのジャンプ・ファンが生中継を見られるようにという配慮からナイトゲームで行なわれた。今季、圧倒的な強さをみせたアダム・マリッシュが1本目で転倒、久しぶりにマルティン・シュミットが勝った。大会終了後、いつものとおりホストTVインタビュー、表彰式、記者会見が終わり、夜の7時過ぎ マルティンとふたりでコーチや他の選手が待つジャンプ台中腹のチームキャビンに向かった。2人乗りのペアリフトからあたりを見まわすと、片付けをしているスタッフ以外、ジャンプ台周辺にはもう誰もいなかった。ゆっくりゆっくり登っていくリフトが、中間あたりにきたとき、まだ消されていないナイター照明の中、ジャンプ台とリフトの間あたりに何か落ちているのが見えた。だんだん近づいていくと、それは表彰式で上位選手に贈られた花束だった。マルティンは花束のところを通り過ぎて行っても、身体をひねって振り返り、しばらくなごりおしそうな表情をしていた。それからあきらめたように前を見ると、いつもの低くて消え入るような声で「ニッキー(私の外国人の間での愛称、)あんなところにあるっていうことは、わざと投げ捨てたんだよね! 絶対まちがって落としたわけない。会場でフェンス越しにファンにあげるか、持って帰ってお世話になったスタッフにあげるべきだよ。ひどいことするな!」とボソッと言った。そしてもう一度落ちている花束を確認するように見ると、トレードマークの"ミルカ色"のヘルメットと、彼自身が優勝者として表彰式のフラワーセレモニーで受取った花束を、もう一度しっかり握りしめた。そういえば、去年のドイツでのサマーグランプリで、日本のF選手にもらった花束を大切に持っていたファンの人に「 田さん、これって日本に入るとき、植物検査でひっかかりますよね!ドライフラワーにしなきゃだめかな」と真剣な表情で聞かれたことがあった。まだ若いのにマルティン・シュミットは、世界のトップアスリートとしてのプライドがとても高い選手だ。完璧に勝ったとき以外は、自分の感情をあまり外に出さない。極端なダイエットもしないし、周りに気をつかうこともしない。ハンナヴァルトと、ドイツでは10代の女の子の人気を二分するふたりだが、性格は正反対だ。それは王者マルティン・シュミットが初めて見せた意外な"こだわり"だった。

 2月14日 アルペン・ワールドカップ志賀高原大会GS前日、バレンタインデーだというのに、なぜか長野駅でヘルマン・マイヤーの到着を待っていた。散々な結果に終わった地元オーストリアでの世界選手権直後のワールドカップ、ヘルマンはGSのみに出場する選手としては一番後に来日して、一番先に次のワールドカップ開催地のソルトレイクシティに向かった。日本の滞在時間は35時間、滑った時間は2分43秒49、とにかく最短・最速だった。

 長野駅から志賀高原まで、配車の関係で、なぜか50人乗りのバスが用意されていた。 そのバスに乗ったのは、TDのマーカス・マルシナー、ヘルマンのプライベート・トレーナーのエヴァース、そしてSLだけに出る予定のマリオ・ライター。今、考えてみるとそれは、半分が長野オリンピックの金メダリストという豪華メンバーだった。ヘルマンは一番先にバスに乗り込むと、発車と同時に最後部でアイマスクをして「ニッキー、最高の時差調整は、眠たいときに眠ることさ!」と言うと、あっという間に"爆睡体勢"に入った。長野市内も高速道路もまったく夢の中だったようだが、高速を降りて、志賀の山が見え始めると、なぜか目を覚まして「ウォー、話には聞いてたけど、ヨーロッパよりずっとたくさん雪があるな!」とアイマスクをゴーグルのように外し、ワクワクした表情で、快晴の中、見えてきた真っ白な雪山を見ながら言った。そして湯田中から山を登り始めると、他のおとなしい3人とちがい、ひとりでしゃべり続けた。

 「オリンピックのときも雪が多かったけど、今年もすごいな! エヴァース、知ってるか。ここは猿がいるんだ。ホテルの窓を開けとくと、何でも持ってかれちゃうぞ! ニッキー、明日、黄色いヘルメットをかぶった選手は、オレじゃなくてオレのヘルメットを盗んだ猿かもしれないぞ!」。とにかく、寝起きのわりには絶好調。丸池あたりまで来て、レース・オフィスまでもう少しのところまできたので 「ヘルマン、明日の予定知ってるだろ!19:55分成田発で、GS2本目のスタートが13:00。志賀高原発は15:00より前じゃないと間に合わないよ」と、もう一度念を押し、「もし、勝ったら表彰式もあるし、インタビューもされるし。だからフライトに間に合いたかったら、少しでも速く滑ってくれよ!」と冗談を言うと「ニッキー心配しなくても大丈夫。オリンピックのときみたいに、とにかく一番速く滑るからさ」とヘルマンは自信たっぷりに言った。そして翌日ワールドカップチャンピオン。ヘルマン・マイヤーは、今シーズン一番のガチガチのタフなコースを、約束どおり誰よりも速く滑り、アウディと新幹線と成田エクスプレスで成田にぶっ飛んでいった。

田和夫
1953年生まれ。現在の日本のスキー界でもっともドイツ語に堪能で、その活動は単に「通訳」という範疇を超えている。言葉だけでなく、心も拾い上げる貴重にして希有なタレントの持主